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『死にゆく妻との旅路』 清水久典

 


死にゆく妻との旅路.jpg



連休の谷間に、ヘビーな本で恐縮ですが、のんびりできるお休みだからこそ、家族や夫婦というものをいろいろ感じたり考えさせられたりするものではないでしょうか。


熟年離婚” などというイヤな言葉もすっかり定着してしまった感がありますが…。これは、そんな世相とは対極的な筆者自身の実話です。“いったいこんな人生があるのか” という、正直いまだに私にも消化しきれないようなストーリーでした。当塾の先生に教えていただきました。


筆者の清水久典氏の仕事は縫製業。独立し、自分で工場を経営するまでになりますが、機械化するだけの設備投資も追いつかず、また徐々に中国製の安価な製品におされ、経営は苦しくなってしまいます。高度成長後の典型的な地方の中小・零細企業主だったのです。

ただでさえ厳しい経営環境ですが…、


ある友人の借金の保証人となり、はたから見れば案の定というべきか、その友人は借金を返済しないまま、行方をくらましてしまい、ここから人生が狂いはじめてしまいます。当然、著者は保証人として、友人の借金の返済を求められます。

懸命にもがき、あちらこちらで数百万単位の借金をしながらやりくりしますが、とうとう行き詰まります。税務署からの税金納付の督促などが続き、自分の借金の保証人になってもらった親戚からは、自己破産するように迫られるという状況にまで追い込まれてしまうのです。


そんな折、さらに悪いことは重なり、なんと妻のひとみさんがガンに冒され手術をします。ひとみさんは、まだ40歳という若さ。手術をしてもその結果は、完治どころか、3ヶ月以内に再発する可能性があるという最悪のもの、もちろん治療にもかなりのお金はかかるわけです。


こうなれば、もう“逃げる” か “自殺する” しかない。どちらかの選択に迫られた著者に、ひとみさんはただ 『一緒にいて欲しい』 と。今まで金策に走り回って、ひと月以上も家をるすにすることが珍しくなかった筆者ですが、ことここに及んで、“卑怯と言われてもかまわない” と故郷を捨てる決断をします。


いつ再発するかわからないガンの恐怖をいだきながらも、職探しのために故郷を捨て、夫婦二人のポンコツ車での旅行が始まります。再生のための旅立ちのつもりでしたが、結果は残酷にも死の旅へ出かけてしまったのです。

ふるさと七尾を出発し京都、姫路など関西をめぐり、次に浜松、静岡から甲府、そして富士山と。こうして、ひと月があっという間に過ぎますが、これ以上の遠出もできません。だからといってやはり七尾へは帰ることができず、娘さんの嫁ぎ先のアパートで少し過ごした後はすぐにまた旅に出ます。

ひとみさんが旅のはじめに言ったのは、

「オッサン、これからは名前で呼んでほしいわ」 ひとまわり年下のひとみさんは筆者のことをオッサンと呼びながら、こんなことを口にします。ひとみさんはこれまで、必死に働く、“お母さん” でした。


結局仕事探しもうまくいかず、もちろんお金に困っているこの夫婦には、優雅な旅行を楽しむ余裕などこれっぽっちありません。なけなしの金を手に、ポンコツのワゴン車の中での寝泊り、その食生活など、はたから見れば浮浪者に近い貧乏旅行です。

しかも、不幸なことに病魔は待ってくれませんでした。すでに歩くことさえ困難を極めつつあった奥さんに

「ひとみ、あっちが能登や」 筆者は、故郷近くをそう言います。

いつのまにか再出発の旅は、望郷の、そして思い出作りの旅へとなってしまったようで、筆者がひとみさんにかける何気ない一言が涙を誘います。残されたわずかな時間で何とか心穏やかに楽しい、美しい記憶を残してやりたいという思いが、短いことばの中でもヒシヒシと伝わってきます。

やがて、やせ細り、食べ物を受け付けず、オムツを替えてやりながら会話もなくなります。すべてワゴン車の中のできごとです。とうとう奥さんは旅の最中に亡くなってしまい、筆者は物言わぬその亡骸と向き合うことになります。


自分の最愛の妻が望み、覚悟の上でのできごととはいえ、治療を受けさせなかったのは「保護者遺棄致死」という犯罪ですから、警察に逮捕されてしまいます。


娘に対して、ひとみさんが思いを綴ったひらがなばかりの手紙、奥さんの死を迎えた著者の嘆き、悲しみ、後悔は胸を打ちます。もし治療させてやっていたらどうなったであろうと…。

刑事に手錠をかけられ、きっと普通の人間ならここで、安堵とともにギブアップしそうに思います。妻の近くに早くいきたいと思うのが人情かなと…。でもここで娘さんがお父さんを励まします。「ここから始まる」と…。

その後の著者の行動は、どん底から這い上がろうとする、人間の底力を記したもので、そこから本書が生まれたのです。


文庫で、200ページ程です。ガン治療を拒絶してまで旅に出るという、常識はずれの行動ですから、読む人によっては好き嫌いが分かれるかと思います。間違いなく衝撃を受ける内容です。興味のある方は一読してみて下さい。現在映画化の話まであるようです。 











死にゆく妻との旅路

新潮社

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