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『グレート・ギャツビー』 スコット・フィッツジェラルド著 村上春樹 訳


グレート・ギャツビー.jpg




マスターピース、あるいはクラシックという呼び名が似合う名作 『グレート・ギャツビー』。アメリカ文学史上、最高の小説だという人もいます。私にとっても非常に印象深い一冊です。


著者のスコット・フィッツジェラルド自身が天才的な名文家として名高いのですが、人気作家の村上春樹氏がそれを翻訳したということで、話題になり、再読してみました。

村上氏のあとがきによると、氏は本書とドストエフスキーカラマーゾフの兄弟』 そして レイモンド・チャンドラーの『ロング・グッドバイ』 を自身の人生でめぐり合った重要な3冊としてあげ、その中でもベスト1は『グレイト・ギャツビー』 だと述べています。


第一次世界大戦が終わり、空前の好景気、その後、世界恐慌(1929年)前の1925年に出版されました。物語の舞台は1922年のアメリカ東部。戦争から戻ったあとに、事業を興し、成功させ莫大な富を手に入れたギャツビーという30歳くらいの若手実業家とデイジーという女性の物語です。

そして、その恋愛の成り行きを、偶然ギャツビーの隣の家に住んでいて、デイジーとも遠いつながりのあるニック・キャラウェイという青年が一人称で語るという形で、物語が進んでいきます。


ひたすら上流階級にあこがれ、自分の過去を消してまで、あらゆるものを利用しながら、無一文からのし上がり、今や不可能なものなどないのだという日の出の勢いのギャツビー。ある場所に豪邸を構え、夜毎、多くの著名人を集めた大パーティーを開きます。

究極の成り上がり者ですが、どんな仕事をしているのか、過去はどんなものなのか、いろいろな噂が飛び交うのも気にせず、社交界で頂点に近付いていきます。すべてがミステリアスなのですが、その目的は案外素朴なところにあります。

最後は、夢かなわぬまま、寂しくこの世を去ってしまうのですが、何度読んでも感動を味わうことのできる一冊。むしろ、一度目より二度目の方が深い感動があるというような、名作に共通する力のある本です。


力と富に対する飽くなき執着、ある段階でいやおうなしに浮かび上がる空虚感、それを埋めるために立ち止まりたくても、常に前進していなければ、後ろから追い越されてしまったり、見放されてしまう厳しい現実。そうしたことが予想外の展開と、他の人々の人生を通じて語られます。いかにもアメリカ的なサクセスストーリーとその顛末です。


そして、グレート・ギャツビーを読むとどうしても思い出さずにはいられないのが、だいぶ前にご紹介した、同じく上流階級を扱ったカズオイシグロの『日の名残り』です。こちらはイギリスが舞台。『グレート・ギャツビー』の中でも、彼の学歴がイギリスのオックスフォード大学になっていることについて何度も話題にのぼります。


日の名残り』 では、きっとギャツビーならあこがれていたであろう、伝統と格式のある名家、その執事が主人公で、1930年代の思い出と50年代を描きます。時代が変わって、その豪邸の持ち主がイギリス人からアメリカ人に代わるのが象徴的です。


日の名残り』に出てくる新しいアメリカ人家主は、ギャツビーのような人物ではないのですが、イギリスから見たアメリカをそれとなく感じます。また『グレート・ギャツビー』ではアメリカから見たイギリスが背景にありますね。


まぁ、いずれの作品も私があれこれ書くよりも、多くの専門家によるすばらしいレビューがあるでしょうから、この辺にして…。


せっかくですから、フィッツジェラルドの名文と村上春樹氏の訳を少し紹介しておきましょう。ほんの数行だけ取り出して比較しても、あまり意味はないのですが、生徒たちに訳の違いがあるということ知ってもらうために、終盤の名場面の一部を抜き出してみます。

ギャツビーが亡くなった後に、ニックが家主のいなくなった豪邸を前にして、語る部分です。“夢が過去のものであった” と語る、本書の中でも特に名文として名高い一部分です。高3・浪人クラスの生徒たちには和訳を宿題にしようかな(笑)。


村上春樹氏の訳が上、下は上岡伸雄氏(大学教授:翻訳家)の訳です。


 And as I sat there, brooding on the old unknown world, I thought of Gatsby's wonder when he first picked out the green light at the end of Daisy's dock. He had come a long way to this blue lawn and his dream must have seemed so close that he could hardly fail to grasp it. He did not know that it was already behind him, somewhere back in that vast obscurity beyond the city, where the dark fields of the republic rolled on under the night.


 Gatsby believed in the green light, the orgastic future that year by year recedes before us. It eluded us then, but that's no matter --tomorrow we will run faster, stretch out our arms farther.... And one fine morning --

  So we beat on, boats against the current, borne back ceaselessly into the past.


 そこに座って、知られざる旧き世界について思いを馳せながら、デイジーの桟橋の先端に緑色の灯火を見つけたときのギャツビーの驚きを、僕は想像した。彼は長い道のりをたどって、この青々とした芝生にようやくたどり着いたのだ。夢はすぐ手の届くところまで近づいているように見えたし、それをつかみ損ねるかもしれないなんて、思いも寄らなかったはずだ。その夢がもう彼の背後に、あの都市の枠外に広がる茫漠たる人知れぬ場所に -----共和国の平野が夜の帳の下でどこまでも黒々と連なり行くあたりへと---- 移ろい去ってしまったことが、ギャツビーにはわからなかったのだ。 

 ギャツビーは緑の灯火を信じていた。年を追うごとに我々の前からどんどん遠のいていく、陶酔に満ちた未来を。それはあのとき我々の手からすり抜けていった。でもまだ大丈夫。明日はもっと速く走ろう。両腕をもっと先まで差し出そう。・・・・そうすればある晴れた朝に…
 だからこそ我々は、前へ前へと進み続けるのだ。流れに立ち向かうボートのように、絶え間なく過去へと押し戻されながらも。




 そして私はそこに座り、いにしえの未知の世界に思いを馳せながら、ギャツビーの驚嘆について考えていた。彼はデイジーの船着場の突端にある緑の灯りを捜し当てて、さぞかし驚いただろう。長い旅路の果てにこの青い芝生までたどり着き、自分の夢がすぐ近くに感じられて、それをつかみ損ねることなどあり得ないと思ったに違いない。彼は知らなかったのだ。自分の夢がすでに自分の背後のものだということを。それはニューヨーク市の彼方にぼんやりと広がる広大な地域、共和国の暗い原野が闇夜の下に広がっている地域にあったのだ。

 ギャツビーは緑の灯りを信じた。私たちから年々遠のいていく狂騒の未来を。その未来は私たちをすり抜けてしまったが、それはたいしたことではない。明日、私たちはもっと速く走り、もっと先まで手を伸ばそう・・・・そうすれば、ある晴れた朝に-----。
 こうして私たちは進み続ける。流れに逆らって進むボートのように、果てしなく過去へと押し返されながらも。




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『グレート・ギャツビー』 スコット・フィッツジェラルド著 村上春樹 訳
中央公論新社:356P:861円



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